先輩の通夜で感じた健康であることの喜びと死を身近に感じる恐怖

こんにちは。お得が大好きな遊人です。

先日、大学時代の部活の先輩が亡くなりました。

お通夜に参列して十数年ぶりに他の先輩達とも再会し、色々と感じたことがありました。

 

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訃報の連続

半年前に別の先輩が亡くなり、その時から大学時代の部活メンバーでLineグループを作成しました。

そして、また先輩の訃報がLineで届きました。

亡くなった先輩は2人とも学年が2つ上の先輩でしたが、半年間に2人も亡くなったので正直ビックリです。

半年前に亡くなった先輩は自宅の屋根の修理をしている最中に誤って転落した事故死でした。

先日亡くなった先輩は自宅で体調が悪くなり、救急車を自分で呼んで病院に運ばれましたが、病院で亡くなってしまったそうです。

詳しい死因はわかりませんが、特に持病等も無かったので心不全ではないかと言われていました。

 

別れ

半年前に亡くなった先輩の葬儀には参列できなかったのですが、今回はなんとか仕事を抜け出してお通夜に参列できました。

お通夜では僧侶が読経している間、学生時代にお世話になった事を色々と思い出しながら、先輩が亡くなった事実を受け入れていきます。

読経の後、先輩との別れを惜しみながら焼香を行いました。

 

再会

通夜の後に葬儀場の別室に案内され通夜ぶるまいが始まりました。

この際に他の部活メンバーが何人か来ているはずなので探しましたが、見つかりません。

参列者全員を見ても見つからない事で、見つからないのではなく、気がつかないのではないかと考えました。

十数年間もの間、会っていないので自分の記憶も薄れており、外見も太ったり老けたりしていれば気がつかなくても不思議ではありません。

大学時代の記憶をたどり、なんとなく面影が残っている人を見つけて声をかけてみると部活の先輩でした。

私も学生時代より7キロ太っているので人の事は言えませんが、みんな太り過ぎです!

少し話すと声や雰囲気で過去の記憶とのズレが解消されて、ちゃんと認識できるようになりました。

同世代の仲間と久しぶりに会って変わった様を見ると、自分も老けた事を嫌でも認識してしまいます。

 

主な会話

部活メンバーと再会し色々話をしましたが、半年間で2人も亡くなっている事もあり、主な会話の内容は病気報告です。

アラフォーにもなると一度は病気等で入院や手術を経験しており、「病院へ行くのが遅れたら危なかった」みたいな経験談がたくさん出てきます。

私は幸いなことに今のところ健康で入院や手術の経験はありませんが、年齢的に明日は我が身かもしれないと思い恐怖を感じました。

 

決意

先輩の訃報をきっかけに自分の中で以下を強く意識するようになりました。

  • 自分がいつ死んでもおかしくない年齢に達している事
  • やはり健康が一番大事
  • いつ死んでも家族が困らない準備をしておく事

上記は今までもそれなりに考えており行動はしていました。

しかし、心のどこかで「自分だけは大丈夫」という意識があり、行動が少し疎かになっていた気がします。

システムエンジニアをしているとデスマと呼ばれる炎上プロジェクトで長時間労働になる事が多々あります。
(現在もデスマの真っ最中です)

今までは、長時間労働を受け入れてきましたが、今後は仕事よりも健康や家族を優先し、そのような仕事は受けないようにします。

また、そのような仕事をしなくても生活に困らないように投資や不動産収入をもっと増やしていこうと思います。

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